Masuk身体を売っている……!?自分の頭の中でよみがえって来る言葉の数々が私を襲う。一体、何の事なの?私が身体を売るって何なの?「愛沢さん?」佐伯燈にそう声を掛けられ、ぞわっとする。(何なの……この感覚……)私は懸命に堪えながら、取り繕うように言う。「少し頭が痛いんです、なので一人にして貰えますか?」そう言うと佐伯燈が私の肩に触れて言う。「診ましょうか?」そう言われて私は思わず佐伯燈の手を払う。「止めて!」そうして私は我に返る。ハッとして、佐伯燈を見て言う。「ごめんなさい……その……」そう言った時、佐伯燈の後ろに控えていた医師が言う。「私が診ましょう。佐伯顧問」その人を見上げる。(この人、誰……?)こめかみを抑えながら彼を見る。眼鏡をかけ、冷たい印象の人。「行こう、燈」久遠湊がそう言う。◇◇◇オフィスに戻ると、遼大が待っていた。「燈」遼大はそう言って私に微笑む。「遼大」私は遼大に駆け寄る。遼大はそんな私の腰を抱き、言う。「愛沢くるみはどうだった?」そう聞かれて私は言う。「千堂理から研究の話を聞いたの。それで嗅覚を刺激するのが良いんじゃないかって話になって」私がそこまで言うと、遼大が苦笑する。「だからこんなに甘い匂いがするんだな」普段、私は香水などつけない。医師であれば、勤務中に香水など、もっての外だからだ。「それで?」遼大は私に座るよう促し、聞く。ソファーに座りながら言う。「愛沢くるみはこの香水を嗅いで、やっぱり様子がおかしくなった」そう言うと遼大が聞く。「おかしくなった?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、頭が痛いと言い出して、それから、何かを思い出したように眉間に皺を寄せていたわ」遼大は何かを考えながら呟く。「やはり嗅覚が刺激になったか……」一緒に戻って来ていた湊が私たちの向かい側のソファーに座る。「あれは確実に何かを思い出していたと、俺もそう思います」湊にそう言われて遼大が頷く。「今は賀神さんが愛沢くるみの頭痛について、診ているわ」私がそう言うと遼大が聞く。「賀神が?」そう聞かれて私は苦笑する。「私は拒絶されたの」そう言うと遼大が眉間に皺を寄せて聞く。「拒絶された?」そう聞かれて頷く。「えぇ」湊が溜息をついて言う。「きっと記憶の中の何かによって、拒否反応が出た
愛沢くるみの病室に行く前に、私たちはすり替え用に調合した偽の香水を用意する。まずは嗅覚を刺激する事にしたのだ。(これで何か反応が出ると良いけれど……)そう思いながら私は賀神さんや一条和輝、湊と共に愛沢くるみの病室を訪れる。「先生! 今日はたくさん、お医者様が集まってるんですね」愛沢くるみは屈託のない笑みでそう言う。(どの程度、近付けばこの香水の匂いが届くのかしら)そう思いながら私は愛沢くるみに近付き、その間も愛沢くるみの様子を注意深く観察する。「一条先生よ」私がそう言って一条和輝を愛沢くるみに紹介する。愛沢くるみは一条和輝を見て微笑み、小さく会釈した。「はじめまして、愛沢といいます」愛沢くるみの記憶が確かなら、一条和輝を見て、何らかの反応がある筈だ。それは演技をしていても見抜けるくらいの経験が私にはある。けれど愛沢くるみは本当に初めて出会ったような顔をしている。「一条です」一条和輝はそう言って完璧に微笑み、動揺を見せない。そう言う意味では一条和輝は肝が据わっている。(やはり“人”ではダメなのね)そう思いながら私は一歩、愛沢くるみに近付く。ふわっと甘い香りが周囲を包む。その香りが愛沢くるみにまで届いたのだろう。愛沢くるみが一瞬、微笑む。「この香り、すごく甘いですね……」そう言った次の瞬間には、顔を歪める。愛沢くるみは目を強く閉じ、眉間に皺を寄せて何かを呟く。「何、何なの……何……」(効果があったようね……)やはり嗅覚の刺激が一番、記憶を呼び覚ますのに有効だった。「どうしました?」私が近付きながらそう言うと私の差し出した手を愛沢くるみが払う。「近付かないで!」そう言われて私は注意深く愛沢くるみを観察する。(思い出したの?)そう思いながら私は愛沢くるみの反応を待つ。愛沢くるみは眉間に皺を寄せたまま、こめかみを抑えている。◇◇◇甘い香りが鼻をつく。最初は甘くて良い香りだと思った。けれどそれを嗅いだ次の瞬間には頭痛がして、頭の中に映像がよぎる。最初に見えたのはどこかの工場のような場所で私が寝かされていて、拘束されているところだった。嫌がる私に真っ白な髪の男が何かしようと手を伸ばしている。次に見えたのはどこかの家の中で同じように拘束され、何かを点滴され、幸せな夢を見ているような感覚になった事……。次々に変わる場面。
お祖母様の声の方へ向かう。そこは応接間で、俺は入る前に立ち止まり、短く息を吐く。意を決して扉を開ける。広がった懐かしい風景。(ここは変わらないな……)そう思い苦笑しながらソファーに座っているお祖母様を見る。お祖母様は俺を見て微笑み、そして言う。「こっちに戻って来ているなら、どうして私の元に顔を出しに来ないの?」そう聞かれて俺は苦笑したまま言う。「色々と忙しかったんです」俺がそう言うとお祖母様は諦めたように微笑み、そして手を差し伸べる。「可愛い孫の顔を見せて」そう言われて俺はお祖母様の元に行く。お祖母様は俺を見て言う。「座りなさい」そう言われて俺はお祖母様のすぐ隣に座る。「私からの連絡ですぐに来た、という事は縁談の件で来たのよね?」そう聞かれて俺は頷く。「そうです」お祖母様はテーブルの上に置かれたファイルを指差す。「それが御堂院家の令嬢の写真よ」そう言われたが俺はそれを見ずに言う。「俺にはもう相手が居ます」俺にそう言われたお祖母様は溜息をつき、言う。「えぇ、知っているわ。佐伯燈でしょう?」そう聞かれて俺は頷く。「そうです」お祖母様はまた溜息をつき、そして手を差し出す。差し出されたその手の上に別のファイルが載せられる。高嶺家の執事、篠山がお祖母様の手に載せたのだ。「佐伯燈の事は調べたわ」お祖母様はそう言って、俺にそのファイルを差し出す。俺はそれを受け取り、開いてみる。中には燈の基本的な情報から、今までの人生の記録が載っていた。「佐伯燈はあなたには相応しくないわ」お祖母様がそう言う。「家柄は問題ない、けれど、その後が問題よ」お祖母様は俺を見て、その強い光を瞳に走らせる。「医療過誤の問題に離婚歴、流産までしているじゃないの」そう言われて俺は笑ってファイルを閉じる。「それが何です?」そう聞くとお祖母様は俺に鋭い視線を投げて来る。「高嶺家は由緒正しい家柄よ。家門に傷をつけるような女は高嶺家には相応しくないの」そう言われて俺は肩をすくめる。「それなら俺が高嶺を出れば、問題解決ですね」俺にそう言われたお祖母様は息を飲む。「……本気で言っているの!」そう言われて俺は笑う。「誰にこれを見せられたのかは知りませんが、これは真実ではありません。燈は嵌められたんです。医療過誤も罠だった。今はその件について、問
「大病院のお嬢様?」湊がそう聞く。「どこの大病院だ?」続けて聞いた湊に遼大が苦笑する。「東都メディカルだよ」そう言われて皆が驚く。「東都メディカルって、あの御堂院家が経営している……?」ここ、聖カトリーナから少し離れた競合しない立地に建っている東都メディカル病院。民間の病院ながらかなり大きく、そして事業としても拡大をしている病院だ。「東都メディカルの令嬢って事は……御堂院静香か」そう言ったのは賀神さんだ。遼大が聞く。「賀神、知っているのか?」そう聞かれた賀神さんが苦笑する。「学生時代にちょっと、な」何だか含みのある言い方だった。「家柄だけだったら佐伯家も負けてはいないだろう?」湊がそう言う。「あぁ、そうなんだ」遼大がそう言って私を見て微笑む。「だから大丈夫だ」遼大がそこで短く息を吐くと、立ち上がる。「とにかく俺は一度、家に戻って話を聞いて来るよ」私も微笑んで言う。「そうね、その方が良いわ」◇◇◇遼大は一度、家へ戻り、残された私たちで再検討する。「愛欲の女王については千堂理に聞いた方が話が早いだろう」一条和輝がそう言う。「そうね、私もそう思う」私がそう言うと湊も微笑む。「皆で病室に行きましょうか」賀神さんがそう言い、私たちは千堂理の病室へ向かう事にした。私たちが病室に入って行くと千堂理は私たちを迎え入れ、そして自身が研究して来た愛欲の女王について話してくれる。「それで、今の愛沢くるみの状態だけど」私はそう言って愛沢くるみの現状を千堂理に見せる。「無茶な抽出プログラムで海馬に負担がかかったようで、記憶を失くしているの」私がそう言うと千堂理がタブレットを見ながら言う。「なるほど……」千堂理はいつの間にか手に入れていた自身のノートPCを操りながら言う。「これは僕の推測になりますが」そう前置きして、千堂理が言う。「愛沢くるみの記憶を戻すためには呼び水が必要かと」そう言われて私は聞く。「呼び水?」私にそう聞かれた千堂理が頷く。「そうです。何か記憶を失くす前の匂いや出来事、記憶に残っていそうな言葉などがトリガーになって記憶が戻る場合も有り得ます」千堂理にそう言われた湊が言う。「そうか……!」湊は私たちを見ながら言う。「俺は海馬に負担を掛けたそのもの自体を排除しなければならないと思って
「まずは千堂弘の潜伏先を割り出さないといけないな」遼大がそう言う。封書を持って来た部下の人に聞く。「目星は付いたか?」そう聞くと部下の人が言う。「千堂家はかなりの数の会社に出資し、更にペーパーカンパニーも複数所有していました。すべて調査や監査から逃げる為のものでしょう」そう言われて賀神さんが言う。「つまり、そのどれに千堂弘が潜伏しているのか、見当がつかないという事……」深く溜息をつき、私は様々な事を合わせて考える。このままここで愛沢くるみを治療していれば、いつか、千堂弘は抽出したサンプルの枯渇に伴い、愛沢くるみを奪還しに来るだろう。それを待つか、それとも複数ある潜伏先をコツコツと割り出すか。重苦しい空気が私たちを包む。その時、遼大のスマホが鳴った。遼大は短く息を吐いて、スマホを見る。そしてその表情が引き締まった。「悪い、ちょっと外す」そう言って遼大はオフィスの外に出て行った。「何の電話だ?」湊がそう聞く。私にもさっぱり分からなかった。遼大のあんなに引き締まった表情を見た事が無かった。数分して、遼大が戻って来る。皆が遼大を見ている。遼大は苦笑して言う。「お祖母様からだった」そう言われて驚く。「お祖母様?」私がそう聞くと遼大は疲れたように椅子に座り、言う。「ちょっとした問題が持ち上がってる」そう言って苦笑する遼大はさっきよりも少しだけ肩の力が抜けている。「問題って?」そう聞くと遼大は苦笑したまま言う。「お祖母様が俺に見合いをさせようとしてる」その瞬間、周囲の空気がピタッと止まる。それを破ったのは湊だった。「それはどういう事ですか? 高嶺さん」その声には少しの怒りと苛立ちが混ざっている。遼大は溜息をついて言う。「千堂弘の追跡や愛沢くるみの問題が持ち上がってる中、申し訳ない。これは高嶺家の問題なんだ」遼大のお祖母様にはお会いした事が無かった。もっと言えば、高嶺家には一度も行った事が無い。高嶺家は国内にもお屋敷はあると聞くけれど、本宅は国外だ。「高嶺家の問題と一言で片づけるつもりか? 高嶺」そう言ったのは賀神さんだ。賀神さんの声にも苛立ちが混ざっている。皆が何を気にしているかは分かる。私の存在がここにあるからだろう。遼大は少し溜息をついて言う。「説明するよ」そう言って遼大が話し始める。「お祖母様は
結局、愛沢くるみには何も言えずに、私たちは病室を出る。誰も言葉を紡がなかった。「昨日、俺が見た時も、愛沢くるみは俺を認識していなかったんだ」湊が不意に言う。「あの感じではそうでしょうね」諦めにも似た空気が流れる中、私たちは一度、オフィスに戻る事にした。自然と私のオフィスに集まり、そしてそこに賀神さんも合流し、私たちは自分たちが見たものそのままを賀神さんに伝えた。誰もが黙り込み、各々が考えている。その時、私のオフィスの扉がノックされた。「はい」返事をするとそこに顔を出したのは一条和輝だった。「和輝」遼大がそう言って微笑む。一条和輝はその場に居る皆に軽く会釈して、言う。「千堂理を診ていたんだ……それからこれ」そう言いながら一条和輝が何かを差し出す。「それは?」遼大がそう聞く。「これは千堂理が遼大たちにって、ここ数日で仕上げてくれた彼の研究結果だよ」そう言われて私たちは顔を見合わせる。急いでその研究結果を見る。「千堂理は自身が愛欲の女王に晒されていた。だから自身の体に起こる変化とその兆候、そして経過を全て覚えていたんだ」一条和輝がそう言う。「その全てを整理し、自身で考え、組み立てた仮説がある」一条和輝はそう言いながら、私たちを見る。「愛沢くるみの長年の愛欲の女王使用と、その兆候の出方が違うのは何故なのか」渡されたタブレットを見る。「……愛沢くるみには特別なタンパク質を体内で生成出来ている可能性……」それを読みながら私はやっと千堂弘が何故、愛沢くるみを狙うのか、分かった気がした。「そうか、愛沢くるみは長年、愛欲の女王を使用して来た。だがその体内に蓄積はほぼ感じられなかった。それは愛沢くるみ自身の体質だと思ったが……特異なタンパク質を生成出来ているとしたら……」遼大がそう言う。「そうね、そうだとするなら、千堂弘はそれを取り出し、研究に利用しようと考え、実行に移した」タブレットを覗いていた賀神さんが頷く。「それなら愛沢くるみを生かしておいた方が自身の為にもなる……」私が予想した通り、愛沢くるみを生かしておいたのは、千堂弘の計画のうちだったのだ。扉がまたノックされ、返事をすると、入って来たのは遼大の部下の人だった。「昨夜、お預かりした封書です。検査が終わりましたが、何も仕掛けられてはいませんでした」そう言いな







